沖縄戦で大日本帝国海軍の司令部として使われた地下壕。1944年に約3,000人の海軍設営隊によって掘られ、4,000人の兵士が戦った戦跡。現在は約300mの区間が一般公開され、司令官室や作戦室が当時の姿で残る。併設資料館では遺品や写真を展示し、平和を発信する戦跡公園として整備されている。
太平洋戦争末期の1944年、米軍上陸に備えて旧日本海軍が小禄飛行場(現・那覇空港)防衛のため掘った地下司令部壕です。海軍第226設営隊の約3,000名がつるはしと円匙で掘り進め、同年12月に完成しました。最大4,000人の兵士が籠もり、1945年6月13日に大田實司令官以下が自決するまで、激しい地上戦の指揮拠点となりました。
公開されている約300mの壕内には、司令官室・作戦室・幕僚室・暗号室・医療室などが当時のまま残されています。壁には手榴弾の自決跡や、つるはしで掘った跡が生々しく残り、沖縄戦の悲惨さを今に伝えます。地上の資料館では、大田司令官が海軍次官に宛てた電文「沖縄県民斯ク戦ヘリ」をはじめ、遺品・写真・絵画などを展示しています。
壕周辺は海軍壕公園として整備され、慰霊塔や展望広場が設けられています。修学旅行や平和学習で訪れる人も多く、沖縄から世界へ恒久平和を発信する戦跡公園として親しまれています。
那覇空港から車で約15分。豊見城市と那覇市の市境、丘陵地に位置します。
営業時間・料金は変更される場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。
総合スコア 66 / 100
※ このスコアはAIが公開情報をもとに判定した参考値です。個人的な評価を含むため、実際の状況と異なる場合があります。
QRコードを表示
このページのQRコード
※ アフィリエイトリンクを含む場合があります